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2025/1/30
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内閣府向け講演報告「ウェルビーイングの政策への適用プロセス」

内閣府職員に向けた研修にて、ウェルビーイング(WB)*1に関する講演を行いました。内閣府では、長年、国民の価値観や生活意識の変化を捉えるため、「満足度」や「生活の質」に関する調査を実施しており、内閣府経済社会総合研究所においてもWBの研究が行われています。今回の依頼は、「WBの政策への適用プロセス」をテーマに、主観的な評価項目や政策的フレームワーク*2について、詳しく話して欲しいというものでした

 

講演内容については別の機会で取り上げるとして、質疑応答では、特に地方でWBの取り組みが盛んな印象を持つとの指摘がありました。特定の都市だけを取り上げても、所得やWBスコア、性別、年代別で多様な傾向が見られ、こうした細かな違いを捉えるには大規模なデータでは難しく、地域ごとの特徴に焦点を当てた分析が重要です。地方自治体は、こうした地域ごとのニーズや価値観を丁寧に捉え、それに応じた政策を実施することで、WBを効果的に向上させることができると考えられます。

講演では、イングルハートの世界価値観調査を用いて、農耕社会のように社会的流動性が低い地域や宗教色の強い国よりも、近代化が進む国の方が幸福度が高いことを報告しました。しかし、それに対し、「農耕社会に見られる共同体の支え合いもウェルビーイング(WB)に影響を与えるのではないか」との指摘がありました。これまで、価値観は宗教的価値から合理的価値へ、さらに個人の自由を重視する民主的価値へと変遷してきましたが、今後も変化が続くと考えられます。その中で、伝統的な価値観や社会的つながりへの回帰が幸福に与える影響が強くなる可能性もあります。近年、欧米で重視されてきた個人主義的なウェルビーイングに対し、アジアなどで注目される「他者とのつながりの中で見出されるウェルビーイング」が関心を集めていることも、こうした変化の一端と捉えられるかもしれません。

 

さらに、アマルティア・セン*4の潜在能力アプローチの評価方法についても質問がありました。このアプローチは、物質的な豊かさや量的指標にとどまらず、個人がどれだけ自分の可能性を発揮できるかに焦点を当てるものです。予算や人員(インプット)が必ずしも同じ結果(アウトプット)をもたらすわけではなく、インプットを、期待されるアウトプットやアウトカムに転換する「潜在能力」に配慮することが重要となります。こうしたアプローチの評価についてはまだ未開拓な部分が多いのですが、1つの可能性として、これまでの定量的な(数字で表される)評価に加え、定性的(ナラティブと呼ばれる)評価の重要性も増してくると考えています。

最後に、WBは、地域ごとの特色を踏まえた支援が必要であり、地方自治体が地域のニーズに応じた施策を講じ、国はそのサポートを行うという国と地方の役割分担についても意見をいただきました。

今回、WBの実現には地域ごとのニーズに応じた柔軟なアプローチが必要であり、伝統的な価値観や社会的つながりの重要性を再認識しました。また、従来の定型的な政策形成から、センの潜在能力アプローチのような状況に応じた施策の形成プロセスを含めた研究や取り組みが引き続き不可欠であると強く感じています。

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*1ウェルビーイング(WB):「肉体的にも精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態」かつ継続性のある幸福

*2政策的フレームワーク:政策や事業において、目的、成果、活動、リソースを論理的に整理し、因果関係を明確にするために用いられるロジックフレームを元に開発されたウェルビーイングを政策に適用する際のフレームワーク

*3EBPM:エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング。証拠に基づく政策立案。

*4アマルティア・セン:インド出身の経済学者で、福祉経済学や貧困、飢餓、不平等の研究で知られ「潜在能力アプローチ」を提唱した人物。2000年にノーベル経済学賞を受賞。

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